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介護体験で得たもの

アイ・アーキテクトの家づくりの根底には、
父の介護を通じて家族の絆を強くした
「介護体験」があります。

  • バリアフリーは、すべての家づくりの基本。
  • 家は家族が笑顔になれる場所。
  • 家族みんなが心地良く過ごせることが、
    本当の「良い家」。
  • 3世代が住み継げる家で長く続く家族の暮らし。

アイ・アーキテクトの家づくりのコンセプトは、
家族と一緒に体験した「介護」があったからこそ生まれたものです。

大切な家族との思い出、そして
私の設計人生を大きく変えたこの体験を
ここに記させていただきます。

一級建築士事務所 アイ・アーキテクト
一級建築士 石原 靖子

介護体験

介護が必要になった父

2007年夏。
父が左脳出血で倒れたのは
定年退職後まもなくのことです。

手術後の医師の診断は「中程度の重症」。
どのくらい回復するのか、
これから始まる介護生活がどうなるのか。

先が見えない将来に、私たち家族は不安が募り
毎日泣いてばかりでした。

やがて、父の懸命なリハビリと、
母の献身的なサポートもあいまって、
半年後には退院することができました。

父には右半身不随と失語症が残り、自宅での車いす生活が始まりました。

車いすの父を迎える家は典型的な「田舎の家」

けれど父を迎える自宅は、
築60年の典型的な田舎の家でした。

日当たりが良い南側には田の字型の客間用の和室、
寒い北側に家族用のスペース。
しかも、お風呂はタイル貼りでトイレは屋外。

冬は家の中でも息が白くなる寒さですが、
それまでの石油ストーブでは、
車いすの父には危険です。

段差も多いし、手すりをつけたくても建具ばかりで壁がないため、取付けできない。
部屋数は多いけど、一部屋ずつが狭いため、車いすでは身動きが取れない。

父は思うように動けない上に、失語症のため自分が言いたいことが言えず
ストレスはたまる一方。
介護をする家族も、父の望みを汲み取れずに苛立ちや不安が溜まる日々。

悪循環の連続でした。

介護の負担が少ない家へ 「平屋の家」計画

家族会議を繰り返して、
「車いすでも、
できる限り自分のことは自分でできるように」
「介護をする母の負担を、
少しでも減らすことができるように」
と願いを込め、
平屋の家を計画することになりました。

この計画にあたり、リハビリの先生に
いろいろとご指導をいただきました。

私は建築士として、スロープの勾配や手すり高さ、
廊下幅、ドアの開口幅、トイレの必要な広さなどは知識としてはありましたが、
これは万人向けの基準。

リハビリの先生の父の病状に合わせた
アドバイスは、具体的でとても有効でした。

右半身不随の場合の身体の動き方に適したトイレの向き、浴槽の向きや形、
手すりの位置、ベッドの種類、ソファの置き方などなど。

設備メーカーのみなさんにも、それぞれの特徴を事細かく教えていただき
適切なものを選ぶことができました。

父の行動範囲がみるみる広がり
家族に笑顔が戻った

退院から半年後。
両親のための住まいが完成しました。

駐車場から玄関までのスロープ、外用車いすと
内用車いすに乗り換えるための玄関スペース、
段差のない室内、有効開口幅900mmの引戸や廊下、
車いすでも身支度がしやすい洗面化粧台、
ゆったり入れるお風呂、
車いすのまま食卓につける無垢板のダイニングテーブルなど。

建築士として、というよりも、
娘として、最善の設計提案をしました。

父の懸命なリハビリと
母の介護があってこそですが、
新しい住まいになってから、
父の行動範囲はみるみる広がりました。

身の回りのことは自分でできるようになり、
ご近所さんへの散歩に積極的に出かけたり、
暖かなリビングで愛犬と日向ぼっこをしたり、
週1回のリハビリの宿題に取り組んだり。

「中程度の重症」と診断された先生も、
その回復ぶりに驚かれるほどでした。

父は、コミュニケーションはとれますが、 自分の言葉で意志表示ができず、
そのストレスは私たちが想像できないほどだったと思います。

そんな父も、表情がとても優しくなりました
(娘バカでスミマセン!)。

サラリーマン時代は様々な縛りがあったのでしょうが、
一気に解き放たれ、感情豊かになったように思います。

必然的に母と一緒の時間が長くなり、
今までの時間を取り戻しているかのようにも見えました(笑)。

バリアフリーだからこそ 自宅介護を選べた

家族それぞれに葛藤はありながらも、
穏やかに5年目を迎えた2012年5月。
父が右脳梗塞になりました。

一度脳出血をしているため、
病院では治療が何もできず、
ただただ時間が過ぎるのを待つばかりでした。

父が車いす生活になってからの5年間。
後悔がないように日々を過ごしたはずなのに、
涙が止まりませんでした。

治療もリハビリもできない寝たきりの父は、
3か月で退院となりました。
まったく先が見えない日々を、
それでも自宅介護することを選びました。

現在、福祉や保険は充実していますが、
施設は長期の順番待ち。
先が見えないので、費用もどうなるのか
見当がつきません(正直、博打のような感じです)。

ただ間違いなく言えるのは、
毎日のヘルパーさん、週2回の訪問介護、
週1回の訪問入浴、月1回のショートステイなどに
本当に助けられたこと。

こうした制度は
上手に活用するのが良いと思います。
介護する母の心労は図り知れず、
それを癒すためにも有効でした。

私たち家族が自宅介護を選べたのは、
こういった制度、そしてバリアフリーの自宅が、
家族を支えてくれたから。

あの時の決断は間違っていなかったと、
強く思います。

可能なかぎり、父を自宅で過ごさせてあげたい。
そう願った母。

父も、心から安心できる我が家で過ごす
今の時間をきっと大切に思ってくれている。

そして、
娘として何より家族を思い、
設計士としての知識と技術、
持てるすべてを使って出来た平屋の自宅が、
今は家族を支えている。

その事実が、私にはとても誇らしく思えるのです。

家族の介護体験が
アイ・アーキテクト石原靖子の
設計人生を変えた

私の設計活動に、 父はたくさんのことを教えてくれました。

  • 機能としてのバリアフリーはもちろんのこと
    それがもたらすメンタルの変化
  • 日常のバリアフリーだけでなく
    緊急時に対応できる仕組みづくり
    (例えば、救急車のストレッチャーの動線)
  • 段差がないバリアフリーだけでなく温度差がない「室温バリアフリー」
    冬でも、家全体が暖かいことの重要性
  • 自宅介護をする時に、あると便利なもの
  • 自立の心、誇りを保つため
    「手助けをしすぎない」こと
  • 「失語症」という病気を理解すること
  • 障がいに偏見を持たないこと
  • 障害について、介護について
    質問されたら何でも答えるのに 気を遣われすぎる方が居心地が悪いこと
  • 車いすマークの駐車場や多目的トイレのありがたさ

などなど。

バリアフリーとは
決して特別なものではありません。
誰に対してもやさしく、きちんと計画することで、
きれいなデザインで取り入れることができます。

あらかじめ取り入れると、10年単位で変化する
ライフスタイルにも柔軟に対応でき、
大切な家族とより長く、快適に暮らすことが
できると思います。

父の介護を通し身をもって学んだことは 今後の設計活動に活かしていきます。

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